2016年07月26日

だがアストゥリアには


「少なくとも四十頭はいます」ヘターはきっぱりと答えた。
「ほら」ダーニクが頭を片側に傾けながら言った。「あれが聞こえませんか?」
 するとかすかにではあるが、全員の耳に、霧の中の少し離れたところから響くジャラジャラ、カタカタという音が聞こえてきた。
「かれらが通りすぎるまで森の中に隠れていればいいですよ」レルドリンが提案した。
「いや、このまま道にいるほうがいいだろう」ウルフはそう答えた。
「わたしにまかせてください」シルクは自信ありげにそう言って、列の先頭に出ていった。
「こういうことなら、まえにも経験したことがあるんですよ」一行は用心深く前進した。
 霧の中からあらわれた騎士たちは、全身をはがねにつつんでいた。ピカピカに光ったよろいと丸いかぶと一式を身につけたその姿は、かぶとについた尖った面頬のために、どことなく巨大な昆虫を思わせた。手には先端に多彩な旗をつけた長い槍を持っている。かれらが乗っている馬は堂々として、これもまたよろいを着けていた。
「ミンブレイトの騎士だ」レルドリンはうなるようにそう言って、目をすえた。
「個人的な感情を顔に出すな」ウルフはかれを戒めた。「もしかれらのうち誰かが話しかけてきたら、おまえはミンブレイトの信奉者だというようなそぶりで返事をするんだぞ――伯父さんの屋敷でのベランテイン青年のようにな」
 レルドリンは顔をこわばらせた。
「言われたとおりにするのよ、レルドリン」ポルおばさんが念を押した。「今は英雄きどりしてる場合じゃないわ」
「控え!」武装した縦隊の先導者は、槍をおろし、はがねの刃先をかれらに向けて命令した。
「話がしたい、ひとりだけ前に進みいでよ」騎士の声には有無を言わせぬ響きがあった。
 シルクが愛想笑いを浮かべながら、武装した男に近づいた。「あなたさまでようございました、騎士どの」かれはペラペラと出まかせを言った。「わたくしどもはゆうべ泥棒に襲われましたもので、今も殺されるのではないかとびくびくしながら馬を進めていたところでございます」
「おぬしの名はなんと申す?」騎士は面頬を上げながら訊ねた。「おぬしと道をともにしている連中は何者だ?」
「わたくしはボクトールのラデクと申します、騎士どの」シルクは、ベルベットの帽子を脱ぎながらうやうやしくお辞儀をして答えた。「冬の市に間に合えばと思い、センダリアの毛織り物を持ってトル?ホネスに向かう途中のドラスニア商人でございます」


 よろいかぶとの男はいぶかしそうに目を細めた。「そのていどの単純な商売をしようとしているわりには、仲間が多すぎるように見受けるが」
「そこの三人はわたくしの従者でございます」シルクはバラクとヘターとダーニクを指さして言った。「老人と子供はわたくしの姉のお付きでございます。姉は自分の財産で暮らしている未亡人でして、トル?ホネスを訪ねたいがためにわたくしに同行しているのです」
「あとの一名は?」騎士は追及した。「アストゥリア人か?」
「友人を訪ねるためにボー?ミンブルに向かっている青年貴族でございます。親切にもわたくしどもがこの森を抜けられるよう道案内することを引き受けてくださったのです」
 騎士の疑いはすこしゆるんだように見えた。「おぬしはさきほど野盗のことを口にしておったな。どこで待ち伏せされたのだ?」
「三、四リーグもどったところです。わたくしどもが夜営を張ったあと、やつらが襲ってきたのです。撃退しようと思ったのですが、姉がすっかりおびえておりましたもので」
「アストゥリアのこの地方は謀叛や山賊行為で騒然たるありさまだ」騎士はいかめしく言った。
「部下とわしはそういう行為を鎮圧するために派遣されたのだ。こちらに参れ、そこのアストゥリア人」
 レルドリンは一瞬鼻孔をふくらませたが、おとなしく前に進み出た。
「おぬしの名が知りたい」
「レルドリンと申します、騎士どの。なにかお役に立てることはありますか?」
「おぬしの友人が話していた野盗のことだが――平民だったのか、それとも貴族だったのか?」
「農奴です、騎士どの」レルドリンは答えた。「ぼろを着て、無骨な連中でした。きっと法で定められた主人への服従から逃れて、森の中で無法者になったのだと思います」
「貴族自身が王に対して憎むべき謀叛を起こしているというのに、どうして農奴に労役や本来の服従を望めようか?」騎士は主張した。
「おっしゃるとおりです、騎士どの」レルドリンは悲哀の面持ちでかれに同意したが、これはいくらか演技過剰だった。「わたしも、ミンブレイト人の圧迫と行き過ぎた横柄さばかりを論じている連中に、それとまったく同じことをずいぶん主張してきたのです。しかし、わたしの正当な主張も、貴族の長《おさ》である国王への心からの敬意も、あざけりと冷たい軽蔑の視線を受けただけに終わりました」かれはそう言って溜息をついた。
「おぬしが賢明であることはわかったぞ、レルドリン」騎士は言った。「だが遺憾ながら、こまかい供述を立証するために、おぬしと仲間を引き留めなくてはならんのだ」
「騎士どの!」シルクは猛烈な勢いで抗議した。「天候の変化が、トル?ホネスでの商いをだいなしにしてしまうかもしれません。お願いです、足止めだけは堪忍してください」
「わしとて足止めを食わせるのは忍びないのだ、善良な商人よ。偽善者と陰謀者があふれている。すみずみまで調べないことには、誰ひとりとしてここを通すわけにはいかんのだ」
 そのとき、ミンブレイトの縦隊のうしろで、ざわめきが起こった。と同時に、ピカピカに磨きあげた胸あてに羽毛でかざったヘルメット、深紅のケープという装いもあでやかに、総勢五十人のトルネドラ軍団が武装した騎士たちのわきをゆっくりと一列縦隊で通りぬけてきた。
「何かもめごとかね?」軍団の指揮者らしい、細身でなめし皮のような顔をした四十がらみの男が、シルクの馬からさほど離れていないところで馬をとめ、ていねいにたずねた。
「軍団の力添えを頼むほどのことではない」騎士は冷たく答えた。「われわれはボー?ミンブルから指令を受け、アストゥリアの秩序回復を援助するためこの地に遣わされたのだ。今もそのためにここにいる旅行者に質問をしていたところだ」
「秩序ならわたしも大きな敬意を払うところだ、騎士どの」トルネドラ人は答えた。「しかし、街道の保安責任はこのわたしにある」かれはそう言うと、物問いたげな顔でシルクを見た。



Posted by そう思わなかった at 11:58│Comments(0)
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