2017年05月09日

しのけてはいってき


 高僧の言葉を聞いて、かすかな希望がガリオンの胸にきざした。アガチャクは知っているのだ。チャバトとソーチャクの共謀関係を完全に知っていて、悪臭ふんぷんたるグロリムの発言を擁護するチャバトの熱のいれようをいらだたしく思っている。
「さあ、審問官」アガチャクはつづけた。「この少年はどうやって祭壇の火を消したのだ? 火を守る側に落度があったのか?」
 あぶない立場に立たされたと悟って、ソーチャクの目が用心深くなった。「証人はいくらでもおります、閣下」かれはきっぱり言った。「聖所が魔術という手段によって冒涜されたことは、その場にいあわせた者全員の意見が一致するところでございます」


「ほう、魔術とな? それならば、むろんすべての説明がつく」アガチャクはいったん言葉をきって、汗をかきはじめたソーチャクをおそろしい目でひたと見すえた。「しかし、わたしの気づいたところでは、〝魔女?だの〝魔術師?だのの声がさかんに聞かれるのは、確たる証拠がない場合なのだ。聖所で起きたことについて、ほかの説明はないのか? これほど使い古された訴えに頼らざるをえないほど、審問官の申し立ては根拠のないものなのか?」
 チャバトが耳を疑う表情になり、ソーチャクはふるえだした。
「さいわい、この点は楽に解決できる」アガチャクはつけくわえた。「魔術という才能にはわずかな欠点があるのだ。同じ才能を持つ者なら、魔力の使用をはっきりと察知することができる」高僧は言葉をきった。「それを知らなかったのか、ソーチャク? 出世して〈紫階級〉になりたいと思っている〈緑階級〉なら、もっと勉強熱心であるべきであり、その程度のことは当然知っているはずだ――しかるにおまえは他のことに熱中しているのではないか?」アガチャクは横にいる尼僧のほうを向いた。「それにしても、このような嫌疑を持ち出す前に、おまえがここにいる子分をもっと徹底的に指導しなかったとは、意外だな、チャバト。しかるべく指導していれば、かれもこんなばかな真似をしなくてもすんだものを――そしておまえもな」
 チャバトの目がかっと燃え上がり、炎に似せた顔の傷痕が鉛色になった。と、皮膚の下を火が走ったかのように、傷痕がいきなり赤く輝きはじめた。
「そうか、チャバト」アガチャクはおそろしいほど落ち着きはらった声で言った。「すると、いよいよなのだな? ついにおまえの意志をわたしの意志に対抗させようというのか?」
 おそろしい質問が宙ぶらりんになり、ガリオンはおもわず息をつめた。だが、チャバトは目をそらし、高僧から顔をそむけた。頬の火も薄れはじめた。
「賢明な判断だ、チャバト」アガチャクはサディのほうを見た。「ところで、スシス?トールのウッサ、ここにいるおまえの従者が魔術師だという嫌疑にはどう答える?」
「トラクの僧侶どのはかんちがいをしておられるのです、閣下」サディは如才なく答えた。「信じてください、この愚かな若者が魔術師であるわけがありません。毎朝、どっちの靴をどっちの足にはけばよいのかと、十分も考えこんでいるのですよ。こいつをごらんください。知性の知の字もない目をしております。こわいということもわからない鈍い若者ですよ」
 チャバトの目がまた怒りの色をうかべたが、今度はかすかな不安がまじっていた。「ニーサの奴隷商人ごときに魔術のなにがわかりましょう、師よ」チャバトはせせら笑った。「蛇の民の習慣はご存じでしょう。このウッサの頭はどうせ薬漬けになっているのです。従者のひとりがベルガラスだったとしても、気づきもしないでしょう」
「じつにおもしろい指摘だ」アガチャクはつぶやいた。「さあ、この問題を調べてみよう。祭壇の火が消えたことはわかっている。それだけは確かだ。ソーチャクはこの若者が魔術で火を消したのだと断言しているが――その嫌疑を裏づける証拠はなにひとつつかんでいない。スシス?トールのウッサは、薬漬けで判断が鈍っているかもしれないが、若者はただのばかで、そのようなとてつもないことができるはずはないと言う。さて、この矛盾をどう解決したらよい?」
「連中を拷問にかけるのです、聖なる高僧さま」チャバトが熱っぽく言った。「わたし自身がこの者たちから真実をしぼりだしてやります――ひとつずつ」
 ガリオンは身を固くして、こっそりベルガラスを見た。老人は赤っぽいたいまつの明かりに、短い銀色のひげを輝かせて、いたって平静に立っている。直接行動をほのめかすような合図もしなかった。
「おまえの拷問部屋好きは有名だ、チャバト」アガチャクはそっけなかった。「おまえのやりかたでは、犠牲者はおまえが言わせたいと思うことしか言わん――それはかならずしも絶対の真実ではない」
「わたしは神にお仕えしているだけです、師よ」チャバトは誇らしげにきっぱりと言った。
「ここにいるわれわれはみなそうだ、尼僧よ」アガチャクは叱りつけた。「昇進目的で、自分の信心深さを過度に主張するのは、賢いことではないぞ――そのことで子分の出世を謀るのもな」かれは軽蔑もあらわにソーチャクを見た。「ここではまだわたしが高僧だ。この問題についての最終決定はわたしが下す」
 顔に傷のある尼僧はたじろいで、急におどおどした目つきになった。「お許しください、アガチャクさま」どもりながら言った。「このにっくき犯罪に我を忘れてしまったのです。ですが、おっしゃるとおり、最終決定はアガチャクさまのなさることです」
「わたしの権威を認める発言、喜ばしいぞ、チャバト。忘れているのかと思った」
 そのとき、たいまつに照らされた部屋の奥で動きがあった。ぴかぴかの長い槍を持ったがっしりしたふたりのマーゴ人が、ドアのそばにかたまっているグロリムたちを手荒におた。無表情な浅黒い顔をして、かれらは同時に槍の柄で床をたたいた。「道をあけい!」ひとりがわれ鐘のような声をあげた。「クトル?マーゴスのウルギット王のお通りであるぞ!」
 護衛に囲まれてぶらりと部屋に入ってきた人物は、ガリオンが今まで見たことのあるマーゴ人とはまったくちがっていた。背が低く、やせているが、屈強な体格をしている。黒い髪はしなやかで、細面だ。ゆるやかな長衣の前がむぞうさにあいていて、マーゴ人の制服とも言える鎖かたびらではなく、西方風の上着と深い紫のズボンを着ているのが見えた。鉄の冠はイキな感じで頭にはすに乗っている。表情は皮肉っぽいが、目は用心深かった。「アガチャク」ウルギット王は高僧にぞんざいに挨拶した。「ドロジム宮殿であんたに伝えられた知らせについて、ちょっと考えてみた結果、この遺憾な出来事の原因解明に多少なりとも役に立てそうだという結論に達したんだ」
「王さまがおいでになられるとは、光栄です」アガチャクは形式的に言った。
「ラク?ウルガの高僧にかくも丁重に迎えられて、王も光栄だ」ウルギットは答えて、きょろきょろした。「椅子はないかな? きょうは長い疲れる一日だったんでね」
「椅子を」アガチャクは王座のかたわらに立っている尼僧にそっけなく言いつけた。



Posted by そう思わなかった at 12:55│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。